Shopping Cart
Interview

Philippe Fragnière Interview

2022.07.15
Philippe Fragnière Interview

2019年コレクション<EXCAVATION>のキャンペーンイメージを手がけ、今年<HOTOLI>で再びコラボレーションを行ったスイス人写真家のフィリップ・フラニエールさん。グローバルなハイブランドの撮影を手掛けるほか、アーティストとしてのアートワークも展示や写真集を通じて世界中で発表し、ここ日本でも人気のフォトグラファーです。来日したフィリップさんにSIRI SIRI SHOPにお越しいただき、インタビューを行いました。

SIRI SIRIディレクター・深井佐和子(以下:F)
フィリップさんとのコラボレーションは2018年に始まりました。元々アーティストであるフィリップさんと私が個人的に親交があり、デザイナーの岡本さんに紹介する形でお仕事が始まりました。実はフィリップさんと岡本さんには共通の日本人の友人がいたり、SIRI SIRI SHOPを設計した建築家の工藤(桃子)さんともご友人とだったりと、良い形で共同作業が始まりました。まず最初にオファーした時は、どのように感じましたか?ジュエリーという被写体はフィリップさんには馴染み深いものだったのでしょうか?

フィリップ・フラニエール(以下:P)
スイスのハイエンドなジュエリーやウォッチなどの撮影は手がけたことがありますが、いわゆるグラマラスに撮影するのは僕のスタイルではありませんし、ハイブランドのプロダクトが得意というわけではないんです。SIRI SIRIのジュエリーはそういったラグジュアリーなものとは性質が異なるので、違うアプローチが必要だなと思っていました。


F:SIRI SIRIのどんなところに興味を持ってくださったのでしょう?

P:僕は工芸性のあるものにとても惹かれるんです。SIRI SIRIのプレゼンテーションを聞き、その点にとても魅力を感じました。エルメスやデルヴォーなどの名だたるブランドと仕事をする上で、僕にとって一番の魅力は希少性や商品が高価かどうかということより、そのオブジェが誰かの手から生まれているということ、それが一番重要な部分です。だから「日本の職人技術と現代のデザインの融合」と聞いた時に、すぐに興味を持ちました。実物を送ってもらって見ると、とてもイキイキとしている。そして工芸性がありながらものすごく精度が高いですよね。クラフトにある種の手の跡や荒さが伴うことはよくあると思うのですが、それが全く見受けられない。とても美しいと思いました。そのバランスが唯一無二のものと思っています。

F:それを聞いて嬉しいです。フィリップさんの普段の作品を知っているからこそ、SIRI SIRIのプロダクトにはジュエリーではなくオブジェクトとしてアプローチしてほしかったんです。写真家としてのフィリップさんは、対象を見つめる視線の解像度が極めて高いと感じます。そしてとても丁寧に物の特性を見ていると思います。その視点はいつから持っていたのでしょうか?写真家として鍛錬したものなのか、それとも元々持ち合わせていた興味なのでしょうか?


P:いい質問ですね。ちょっと考えてみますね(笑)。うーん…僕はとても小さな村で幼少期を過ごし、長い時間を自然の中で遊んで過ごしました。特に石がとても好きで集めていて。そういうことから、対象を見つめる力が育まれたのかもしれないですね。写真を撮るときにも「よく見る」ということを大切にしています。「よく見る」というのは、表面だけではないんです。なんというか、厚さというか深さというか….

F:レイヤーのようなことですか?

P:そう、表面ってその下が空っぽではなく、その中に詰まった物の積層で出来ているんですよね。その濃さとか深さとか、そういうものを見つめるようにしています。それはおそらく自然をじっと観察する中で育まれた癖なのではないかなと思います。被写体をよく見ること、その「質」をしっかり見つめること。昨年東京のSAI galleryで展示した際に発表したZINE『Balancing Act』にまとめた作品はロックダウン下で制作したものなのですが、日常に溢れたなんてことのないマテリアルたちが、カメラを通してよく見つめることで特別な何かになる、という実験を行った作品たちです。


F:そもそも、なぜ写真家の道を選ばれたのでしょうか?

P:それも偶然なんです。ティーンの頃にスイスで友人たちとフリースタイルスキーに夢中になっていて、その記録のために写真を始めたんですよ。そしたら気に入ってしまって。もちろん写真は好きだし心に留まるイメージを集めたりはしていましたが、自分が撮る側になるとは思いませんでした。

F:始まりはスティルライフ(静止写真)ではなかったんですね!意外です。

P:そうなんです。激しい動きの友人たちを撮っていました(笑)。そのあとはセットアップに夢中になりました。オブジェを集めて小さなセットを組んで…。プロダクトはシンプルでも比率やレンズとの距離を変えると彫刻みたいになるし、写真に撮れば記録としてインスタレーションがずっと残る。それが楽しくて。

F:彫刻や建築的なコンポジションが、作品の特徴の一つですよね。

P:建築は大好きですね。さきほど話した、オブジェクトの表面の話と一緒で、質量(ボリューム)としての建築よりも、その内側で空間を感じることが面白い。空間が私たちの行動に影響を与えることってとても興味深いですよね。

F:そうですね。空間や建物という意味でも、スイスと日本は大きく異なりますよね。日本に来るのは6回目とおっしゃっていましたよね。どんな縁でたくさん足を運ぶことになったのでしょうか?

P:実は日本には昔から惹かれていたんです。話せば長いんですが…僕の祖父はとても面白い本のコレクションを持っていて、1国につき1冊ずつ古書を集めていたんです。そのいわば世界地図のような本のコレクションの中に日本ももちろんあって。子供の頃は日本がどこだかも知らなかったけど、着物の女性や木の写真、住居の写真…カラーの写真が本当に美しくて、その強烈なイメージだけが頭に残っていたんです。そのあと18歳の時に谷崎(潤一郎)の『陰翳礼讃』を読んで衝撃を受けました。僕の人生にとって最も重要な本の一つです。光、特に家屋の内部にある光の重要性。昔から僕はとても光に敏感で、強すぎる光や蛍光灯が苦手だったり…それで本に出てくる光や影を体験してみたいとずっと思っていたんです。最初に訪れた時は、自分の普段のヨーロッパの生活と真逆なのにどこか馴染むような、不思議な感覚がありました。空間の捉え方や完成度の高さなど…工芸以前に、何もかも細かく行き届いている。

F:たしかに、日本人はたとえ都会の蛍光灯だらけの街の中にいようと、ふるまいやものに対するアプローチの中に何かしら敏感な「陰翳礼讃」的な感覚やきめ細やかさを持っていると思います。あなたの作品の解像度を見ていると、その共感ポイントには納得です。ただもちろん、それは感受性の問題でもありますから、マッチしたということですね。

P:そうなのだと思います。仕事や観光で来れば来るほど楽しくなって。観光客としての距離感で街を見ていましたが、段々と東京に友達ができて、街を違った視点で観察することができるようになりました。東京は特に、都市は巨大なのにその細部に小さなポケットのような場所がいくつも存在する面白い場所です。

F:東京のような大都市は、単純に繊細な美意識だけでは機能しません。ダイナミックに日々生まれ変わってもいます。でもビルとビルの隙間に美しさを感じたりしませんか?

P:まさにその通り。二つの世界が共存している、不思議な光景です。

F:スイスの都市にも同じようなことを感じますか?

P:いや、もっとスケールが小さいのでそのような混沌やコントラストが存在しないのかもしれない。それにペースも単一です。東京にいると、渋谷の雑踏のど真ん中に、百年はあるのではないかと思われるような古い木の家があったりする。

F:確かに街のペースはもっと均一に緩やかかもしれませんね。ヨーロッパにしばらくいると、週末と平日の街の人のテンションの差や、夜は仕事を切り上げることに慣れてしまって、帰ってくると決して立ち止まらない東京のペースに疲れることもあります。でも特有のテンションがもたらす緊張感もありますよね。

P:それがこの街をより興味深い場所にしているんだと思います。


F:仕事としての撮影のほかに個人的な作品制作も続けているのでしょうか?

P:本当は作品をもっと作りたいけど、コマーシャルな撮影の思考回路とパーソナルな作品を同時に進めることは難しいんです。ただ商業写真を撮る中で新しい発見や訓練になることもあるので、一概にどちらかに絞りたいとは思っていないです。最近ではアーティスティックな表現に理解のあるクライアントも増えているし、自分の活動から商業的な撮影を排除はせずに、もっとコラボレーションを行なっていきたいと考えています。

F:アートの表現がブランディングにとって重要だと考えるブランドが増えたことは確実ですし、ユーザー側のイメージの消費の仕方も変わってきている。これだけたくさんの写真を日々消化する中で、どのくらい丁寧に作られたイメージかということはきちんと伝わるのではないでしょうか。

P:そう願いたいですね。それに作品は自分一人で制作しますが、コラボレーションはチームで作り上げるものなので、それも楽しい一面ですよね。

F:あなたが共感してくれたように、SIRI SIRIにとってクラフトマンシップと同じくらいに、現代の建築やアートといったインスピレーションはとても大切な要素です。そこに共感し、表現してくれるアーティストとコラボレーションできることは、ブランドをやる上でとても大きな喜びなんです。また一緒にイメージ作りというコラボレーションができる日を楽しみにしています。



Philippe Fragnière | フィリップ・フラニエール

1987年スイスアルプス生まれ。ローザンヌ州立美術学校(ECAL)にて写真を修学後、写真家としてのキャリアをスタートし、スティルライフを中心としたアートワークを手掛ける。またロンドンやパリでコマーシャルフォトグラファーとしても活動。Wallpaper*、Numéro、ICONなどの出版物や、Decencia、Hermès、Dior、Cartier、Patek Philippeほかブランドとのコラボレーションも定期的に行う。現在3冊目の写真集を製作中。


http://www.philippefragniere.ch
Instagram: @philippefragniere


写真 祢津 良子

Philippe Fragnière Interview

Subscribe to our Newsletter 最新情報のほか、ご購読者様限定コンテンツを
メールにてお届けいたします