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Interview

SIRI SIRIのギフトボックスが、ひとりひとりのストーリーになっていく。アーティスト・釘宮由衣が描く世界

2021.05.20
SIRI SIRIのギフトボックスが、ひとりひとりのストーリーになっていく。アーティスト・釘宮由衣が描く世界

2015年にできたSIRI SIRI初めてのギフトボックスは、ニューヨーク在住のアーティスト・釘宮由衣さんが描いた黒い薔薇の絵「-today today-」をアレンジして生まれたものだった。そして2021年、新たなギフトボックス製作にあたり、再び釘宮さんにコラボレーションを依頼することになった。多くの作品の中から採用されたのは「-today today-」とはまったく異なり、白地のキャンバスにパステルカラーの模様が漂う、より抽象的で柔らかな絵「ゴーストピクニック」だ。

Gift Box

ふたつのギフトボックスの絵を見るだけでもわかるとおり、時代によってみごとなまでに変化する釘宮さんの絵は、釘宮さん自身の思考や思い、葛藤の変遷や、その時代性とでも呼ぶべきものが刻まれ、描かれている。絵には彼女の軌跡があり、どうしてこの絵は生まれたのかというひとつひとつの問いに、彼女は迷うことなく答えてくれる。

今回、新たなギフトボックス完成にあたり、釘宮さんの思考と表現の美学、そして採用された絵「ゴーストピクニック」について、詳しく話を聞かせてもらった。

釘宮由衣/ Yui Kugimiya

1981年生まれ。東京都出身。2007年イェール芸術大学院卒業。ニューヨークを拠点に活躍するアーティスト。油絵のほか、ストップモーションアニメーションを絵画に取り込んでストーリーを描くショートビデオ作品などを手掛けている。精力的に個展やグループ展を開催し、MoMA ニューヨークのコレクションにも作品が収蔵されている。じつはSIRI SIRIのデザイナー岡本とは中学の同級生であり、互いにリスペクトしあってきた関係。

http://www.yuikugimiya.com/

自分がつくりたい作品をつくれるのは、ようやくこれから

釘宮さんは19歳で、美術大学へ留学するために渡米。大学院を卒業後、26歳でニューヨークに拠点を移し、アーティストとして本格的に活動を開始した。日本と違い、政治や社会の情勢が表現とも密接に結びつくのが当たり前のアメリカで、自身のアイデンティティや表現のあり方を常に模索してきたという。

「ニューヨークでは、アートを収集するコレクター文化が芸術の世界を支えていて、アーティストは職業として認められています。私は東海岸の大学で学んでいたこともあり、卒業後は自然にニューヨークに移り住みました。もちろん、いくら職業として認められているとはいえ、必ずしもすぐに成功して経済的に自立できるわけではありません。私も、自分でスタジオを借りて製作を続け、ギャラリーのディレクターやキュレーターの方々と出会い、展示を重ね、作家としてのキャリアを積み上げていきました。」

渡米したばかりの頃は、ピュアなところをそのまま出し、ただ無邪気に製作して、それが評価もされていたという釘宮さん。しかし、本格的にアーティストとして活動を始めてからは、アートの世界とはどんなものか、自分の置かれた立場はなんなのか、いったい自分に何ができるのかという問いに向き合う日々が続いていた。

「これまではずっと、ただそれを理解するためだけに実験的な作品をつくり続けてきました。評価が高いものは展示させてもらえることもありましたが、本質的にはアーティストとしてのコンセプトを浮き上がらせるための作業としての製作がほとんどでしたね。」

特にペインティングの世界はヨーロッパの伝統から始まっており、白人男性の視点でつくりあげられてきた世界でもある。そこに入ると、釘宮さんが日本人として表現したいもの、アメリカに移住し、アートを学んだ自身の経験として表現したいものは、必ずしも相手に求められるものではなかったという。その苦悩と葛藤のなかで、釘宮さんは辛抱強く自身の表現と対峙し、同時に社会とも対峙し続けてきた。

「相手の視点では、日本というエキゾチックな文化をステレオタイプに表現したものが私をいちばん表現しているということになります。だから、生のままの自分で表現しても「何を言っているのかわからない」と言われて興味を持たれないんですね。でもずっとやり続けてしつこく居座っていれば、きっと向こうも諦めて、いつか認めてくれるだろうと思ってやってきました。もうすぐ40歳になるんですけど、自分が本当につくりたい作品を発表できるのは、ようやくこれからのことだと思っていますね。」

経歴を見れば華々しい釘宮さんも、苦労しながら、アーティストとしてキャリアを積み、成長を続けてきたのだとわかる。「では、ようやくつくりたい作品を発表できると思っている今、どんなことを表現したいと思っているのですか」と尋ねると「じつはこのタイミングでインタビューを受けられることが、私はすごく嬉しかったんです」と話し始めた。

コロナ禍を経て「全部」が見えた

周知のとおり、世界中がコロナウイルスの脅威にさらされている昨今。特にニューヨークは第一波の際、多くの感染者と死者を出し、厳正なロックダウンも行われた。医療崩壊が起き、都市としての機能が完全に停止したニューヨークの渦中にいた釘宮さんは、自身の表現や置かれた立場と徹底的に向き合わざるをえなくなった。

「コロナ禍で、自分が最終的に何をつくったり何を言いたいのかということを、いよいよ決断しなければいけないというかなりのプレッシャーにさらされました。もともと考えてはいたことですが、コロナ以降は特に真剣に向き合うようになって、ちょうど最近、見えてきた感じがあるんです。」

ロックダウンの間はずっと室内にいた。アトリエに行くことはできたので、なにかしらものをつくったり、絵を描くことは可能だったが、精神的なダメージが大きく、製作はあまり捗らなかったという。

「東京もそうだと思うんですが、ニューヨークは常にめまぐるしく動いていて、周りが動いているエネルギーに乗っかって自分も一緒に動いていたところがありました。だから街の動きが止まってしまったときに、自立して動くということがこんなにも難しいことなのかと思ったんですね。ちょうど人種差別に対するプロテストが勃発していたときで、今まで当たり前だった風景や人との接し方が、すごいスピードでどんどん変わっていった。だから今までと同じような製作もできなかったし、今までと同じような感情も持てなくなったんだと思います。」

そこで強く感じたのは「危機感」だ。追い詰められた釘宮さんは、自分がいかに弱い存在なのかを突きつけられ、さらにその弱さを餌にされまいと繕ってきたことに気づかされたのだという。

「私はそれまで、弱さを繕おうとするばかりに、自分が本来持っているはずの柔らかさや美しさを表現できていませんでした。でもコロナで圧迫されたことによって、本当は強くなっていて、柔らかさや弱さを表現しても、もう大丈夫なんだということに気づいたんです。」

それは大きな気づきだった。その瞬間、釘宮さんのそれまでのプロセスはすべて結びつき、ひとつの答えを導き出したのだ。

「私は毎回、見た目が全然違う作品をつくるんです。でもそれは、実験的に方法を変えて違う角度で見たり、違う光でみたり、違う言語で説明したりしているだけで、私の中では同じものを描いているだけなんですね。

何人もの人が目隠しをして1頭の象に触れるお話はご存知ですか?ひとりは鼻、ひとりは足、ひとりは耳、もうひとりはおなかと決まった部分だけを触り、それぞれが、その触ったものを描く。すると、自分だけでは何を描いているのかわからなくても、みんなの絵をくっつけると1頭の象の絵が現れるんですね。私は、その作業をひとりでやっているつもりなんです。

すごく大きくて、自分が立っている位置からは『全部』が見られないから、いろいろなところに移動して、いろいろな方法で描き、最終的には『全部』をくっつけて見ようとしてきた。それがコロナによって圧迫感を感じ、厳しい状況に置かれたときに、今までの作業を見返してみたら『あ!くっつけるべき全部の絵が描けている!』と気づいたんです。その『全部』が見えたんです。」

釘宮さんは長い間、いろいろな形で作品をつくり、展示を行い、多くの人と出会ってきた。そしてじつは、そろそろ作業の答えが出そうだという感覚は、コロナ禍の少し前からあったという。

「私は、常にそのときを待っていました。それがコロナ禍の中で『答えが出そうだな』から『出さなきゃ』に変わり、集中して振り返ってみたら『大丈夫。答えが出ました』っていうことになったんです。」

描いていないものを見せる

コロナ以前の4年間、釘宮さんは、意識的に個を抑えた作品を描いていた。大きな影響を与えていたのが、トランプ政権の誕生だ。アメリカ社会の不穏な動きと、コロナにも通じる圧迫感を感じた釘宮さんは、いったん気持ちを落ち着けようと、自身の思考や感情を出した作品をつくることを極力避けることにした。

今回、ギフトボックスに採用された絵「ゴーストピクニック」は、ちょうどトランプ政権が誕生する直前の2016年にメキシコのギャラリー「Galeria Enrique Guerrero」で開催した個展「Naked Table」のために描かれたものだ。ちょうどこの個展が決まったときに、具象的なストーリーのある、個人的な表現は当分ストップしようと決めたのだという。

「まず、目に見えない存在を表現したかったからゴースト。でも、ゴーストのヘヴィな感じは茶化したかったのでピクニック。この形はブルーとすごく薄い黄緑で描いています。その黄緑が草原のような色だったので、虚無感に満ちたゴーストが草原で楽しくピクニックしているイメージが沸きました。」

同じコンセプトで、タイトルが違う絵を4つ展示しましたが、これらは色をつけた部分ではなく、色で形を描くことによって、周りの描いていない白い部分の存在を意識したグループの作品になります。

釘宮さんは、ジェッソ(漆)がすでに塗ってあるリネンを用意し、形の部分だけに絵の具を乗せ、白い部分は素材のまま何も描かなかった。

「これは『何もない』っていうことを表現したかったんですね。私は、絵は描くことによって描いていないものを見せることもできると思っています。古典的なミニマリズムや日本の禅、仏教の教えにもありますけど、虚無とか何もないという状態も、本来はひとつの存在です。それを見せたいから、目に見える部分を描いているという感じでしょうか。

人間の頭には、見たことがある形や美しいと思える形はすでにプログラムされていて、絵を見た時間が3秒以下でもなんとなく惹かれたり、きれいだなと思ったり、柔らかい気持ちになったりするんですね。それは、潜在的に絵を通じてコミュニケーションする効果があるのだと思います。

ただそれが、このときは個人的ではなかったんですね。この絵で引き出したかったのは、誰もが共感できる、記憶の中に入っているものでした。人が、今まで見てきたものや経験してきたものはすべて記憶に入っているので、意図的に、こういうの見たことある、こういうのってあるよね、と思えるようなものを探して描いたんです。

たとえるなら、初期の絵は私が語り手として、絵を見る人に自分の話を聞いてもらっている感じでした。でもこのとき描いた絵はそうじゃありません。見る人が絵の前に立ち、それを見ることによって、自分のストーリーを思い浮かべてもらえるようにしたかったんです。だからサイズも、環境をつくり出すという意味で、人間より大きいサイズの絵になりました。」

「ゴーストピクニック」がギフトボックスとハンカチの絵に選ばれたのは、偶然だ。釘宮さんが渡したたくさんの資料の中から、岡本をはじめSIRI SIRIスタッフが相談しながら選んだという。そのプロセスについて釘宮さんは関与していないし、詳しくは知らない。しかし「みんな、最初からこの絵にピンときていたらしい」ということは聞いたという。

「ゴーストピクニック」に込められた想い、コンセプトを伺うと、そこには必然性があったのだと思わざるをえない。絵を見た人がストーリーを思い浮かべられる絵。見た人の数だけ、ストーリーが生まれていく絵。

「つまり、(ギフトを)もらう人のストーリーになっていくということですね。」

知るための作業が終わり、今は報告をしている

釘宮さんは、2020年秋から新作を描き始めた。見せていただいたのは、とてもシンプルで力強い「花」の絵だ。サイズもけっして大きくはない。少し意外だった。それはある意味で、とてもわかりやすいモチーフだったからだ。このタイミングで描かれた花の絵は、いったい何を意味しているのだろうか。

「この花は野生で生えている花ではなく、切って花瓶に生けられ、室内に飾ってある花です。自然からのライフラインを断たれ、でも、美しく存在している花。この姿を……私の考えている女性の美しさにたとえています。美しさって、ただきれいっていうだけじゃなく、目に見えない部分があると思うんです。たとえば花瓶に生けられた花は美しいかもしれないけれど、すぐに枯れてしまう。『枯れるのを待っている』とか『死が近づいている』という現実を含めた意味での美しさを考えました。」

釘宮さんは、今回に限らず、描く題材について古典的な主題に執着してきた。それは現代アートが、そう呼ばれた時点で素材や描き方、デジタルの技法など、そのもの自体が新しくなければならないとなってしまう感覚に興味が持てないからだという。

「花瓶の花は、題材としては何も新しいことはありません。でも『それが古典的だって感じるのは、古典的な人間じゃないから』ですよね。そんなふうに、何がものを新しくするのかっていうと、そのもの自体じゃなく『進化してる人間』なんだと思います。見る人自体がすでに新しい。だから見ている人に……自分自身の感覚にちょっとショックを受けてほしい。やっぱり私には、見えないものを見せたいっていう気持ちがあるのかもしれません。」

そして、過去の作品と比較していくと、絵そのものの違いも浮き彫りになっていく。

「今、描いてる絵には、ちゃんと空間があるんですね。テーブルがあって、花瓶があって、光があって影がある。これは、そこにイリュージョンをつくり出しているからなんですよ。トランプ政権になる前の2014年の自分の作品を見ると、すごく平たいんですよね。奥行きがなくて、浅い影しかない。これは、私がまだ未熟で奥行きのない精神状態だったから、現実とは違う、絵のための空間が出来上がっていなかったっていうことなんです。だけど今は、ちゃんと花瓶を置くことができる(ようになった)!

子どもの頃から、自分の精神状態や感情を知りたくて絵を描き続けて……、でも経験していくにつれて、知ろうとしているものもどんどん変わっていきました。知ろうとしていることも成長していくから、それを観察しながら描いて、またそれを観察してっていうふうに知るための作業を続けてきたんです。でもそれが今回『終わった』んです。とりあえず、これまで知りたかったことは知れたのかなと。だから今は、その結果を報告しているところです(笑)。」

Gift box

*単体での販売はいたしておりません。対象の商品のページに記載のあるジュエリーとセットでご購入いただけます。

あらためて「報告」だという花の絵を見る。くっきりとした陰影があり、女性らしく華やかな色合いもあり、なにより、力強い筆致で描かれていることに、心は穏やかなまま、静かに目を奪われた。本当に表現したいことは、削ぎ落とされ、自然に露出していくものなのかもしれないと思う。

報告が終われば、あとは見る人に委ね、彼女はまた新たな旅に出るのだろう。今までよりも柔らかく、しなやかで、肩の力が抜けた本質的な旅へ。

このタイミングでSIRI SIRIのギフトボックスがリニューアルされることもまた、偶然だった。でもそれが、彼女が絵を描き始めてからの問いに答えを見つけ、また次の問いへと向かうその節目にやってきたことは、紛れもない事実だ。インスピレーションを受け合い、刺激し合う関係性が存在している。

すべては必然を伴い、現在という時間と空間を立ちのぼらせていく。

SIRI SIRIも、アーティスト・釘宮由衣もまたここから、新たな道に向かって、踏み出していく。

文 平川友紀
SIRI SIRIのギフトボックスが、ひとりひとりのストーリーになっていく。アーティスト・釘宮由衣が描く世界

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