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Interview

コンテンポラリー
ジュエリーと日本の職人技術の未来

2019.09.06
コンテンポラリー<br>ジュエリーと日本の職人技術の未来

8月3日、セミクローズドオープニングイベントの第3弾が行われました。ゲストは、2003年のオープンから日本のコンテンポラリージュエリー界を牽引し、SIRI SIRIも初期から取り扱いいただいているgallery deux poissonsの森知彦さん、KIRIKOシリーズほか人気アイテムを手がけるガラス職人の八木原敏夫さん。SIRI SIRIデザイナーの岡本菜穂とともに「コンテンポラリージュエリーと日本の職人技術の未来」について対談を行いました。

 

SIRI SIRIのジュエリーとガラス


岡本:デザイナーの岡本です。森さんとはSIRI SIRIを立ち上げた頃からのおつきあいです。当時からガラスジュエリーではパイオニアと言われる作家さんを扱っていましたね。

森:その頃から作家物のジュエリーを扱う場所は少なかったですね。はじめた頃は、今よりも海外作家のものを多く扱っていました。素材も色々でしたが、ガラスのジュエリーを作る方はそんなに多くはありませんでした。

岡本:八木原さんも、立ち上げ時から関わっていただいているガラス職人さんです。(店内に流れる制作中の映像を見て)この制作技術について、せっかくなので簡単にご紹介いただけますか?

ガラス職人の八木原敏夫さん

八木原:まず、SIRI SIRIのガラスジュエリーは素材が耐熱ガラスであることが特徴です。ガラスというと吹きガラスを想像されることが多いですが、僕の場合は手元でバーナーの火を使いながら形をつくります。この方法だと非常に繊細な細工が可能なので、他には見られない形にできるんです。元々うちは理化学実験器具の会社なので、そこで使う素材や技術をジュエリーに応用しています。

岡本:「ここを0.3ミリずらして」なんてお願いも多いので、八木原さんの繊細な技術が不可欠なんですよね。今回、工芸のお話をするにあたって、まずはガラスの種類とどんな技術があるかを教えていただけますか。

八木原:加工技術には、熱で溶かしてつくるホットワーク、ガラスを削るコールドワークの二種類があります。ホットワークには、僕がやっているバーナーワークや吹き竿を使う吹きガラス、コールドワークには切子やサンドブラストなどがあり、それぞれ世界観がかなり違います。ガラスの種類にはソフトとハードがあり、ソフトは加工しやすいので窓ガラスや食器に多く、ハードはいわゆる硬質ガラスは堅くて熱や薬品などにも強いです。耐熱ガラスは硬質に分類され、実験器具への利用が大半で工芸に使われることはほぼなかったのですが、近年注目され始め、SIRI SIRIのようなジュエリーブランドや他分野へと広がっていきました。

岡本:耐熱ガラスは、元々ドイツが軍需産業として発明したものですよね。時代の変化によって工芸に使われ始めたのだと思いますが、どんな時間軸を辿ってきているんでしょう。

八木原:耐熱ガラスの工芸品としてだと、まだ30年弱くらいかな。だからSIRI SIRIが出てきた時は新鮮だったと思いますよ。日本以上にガラスが盛んなヨーロッパやアメリカでも、耐熱ガラスのジュエリーはそんなに見ないですから。

森:確かに、そこまで 多くはいないと思います。

岡本:ジュエリーとしては、ソフトガラスが多いんでしょうか。

八木原:いや、元々ガラスの装飾品というと、ビーズが基本なんですよね。それだと石器時代にまで遡る歴史があるし、現代にも発展系は多いです。

森:そう言えば、ビーズ刺繍やスワロフスキーもガラスですね。

岡本:私の大好きなフィレンツェのモザイクガラスも入りますね。だとすると、工芸であるガラスをジュエリーに使う歴史はかなり古いのかも。そういえば森さん、日本には装飾文化というか、ジュエリーがない時代があったと言っていましたね。

森:諸説ありますが、1300年ほどの期間なかった時期があると言われています。その時の三種の神器に勾玉(まがたま)が含まれた結果、純粋な装飾品をつける文化がなくなったと言われています。それ以降は着物の柄や物を入れる御重、位を表す刀や季節を表す帯留めなど、機能がある何かに加飾するようになったんです。1300年以前の出土品にはあった指輪も、1300年より後には出ていないようです。

岡本:アイヌの人びとの写真を見ると、ネックレスなどかなり装飾的ですけど、大和民族にはあまり受け継がれていないんですね。プリミティブなものなのに。

森:浮世絵にもジュエリーが描かれていたら面白かったんですけどね。

岡本:確かに。そういえば先ほど、耐熱ガラスが使われ始めて10年ほどというお話がありました。SIRI SIRIも最初は透明が中心でしたが、店舗をご覧になってもわかるように、本来は色が好きでカラー物をやりたかったんです。ただ当時は加工用ガラス棒が透明しかなかったから諦めたんですよね。あれはアメリカからの輸入品でしたっけ?

八木原:そうですね。カラーは20年くらい前にアメリカで開発されて、増えてきたのはここ10年ぐらい。

岡本:なので、最近の「EXCAVATION」では繊細な色あいのガラスシリーズになりました。カラーガラスもここ10年のことなんですね。

八木原:そう。岡本さんと出会った時は、理化学器具の職人としてガラスを扱ってきた中で、僕自身もアートの世界を覗きたいと思っていた頃だったんです。硬質ガラスにカラーがあると知らずに行ったとんぼ玉の講習会場で、初めて耐熱ガラスにもカラーがあることを知りました。そこからは自分でもアート系の情報を探し始め、アメリカからも作家や色ガラスメーカーの人が来日してくれるようになったので追いかけるようになったんです。

岡本:アメリカと言えば、八木原さんもうちでお願いする職人さんもよくアメリカに留学されますよね。どこの学校に行かれるんですか?

八木原:アメリカには、コーニングやペンランド、ピルチャックなどいくつか大きなガラスの学校があるんですが、その中でシアトルにあるピルチャックです。アメリカのガラスムーブメントといえばシアトルですから。

岡本:期間はどれくらいでしたっけ。

八木原:カリキュラム自体は2、3週間ですが、長期間行きたければ他のカリキュラムも受けられますよ。僕は一カ月行きました。

岡本:そうでしたね。留学先で得られた新しい技術や知識を還元いただけるので、ありがたいことだと思っています。

工芸とジュエリーの関係

岡本:工芸とジュエリーってどんな関係にあるんでしょうね。日本やイタリアのように工芸が盛んな地域は、王様に献上するために機能以上の装飾を加えていたことが大きかったと私は思うんです。その文化がジュエリーにどんな影響を与えていたのかなと。

gallery deux poissonsの森知彦さん

森:日本の明治天皇は工芸にすごく力を入れた方で、皇居内の三の丸美術館には工芸作品も納めてられています。特別優れた職人には、帝室技芸員という 今で言うところの人間国宝に近い称号与えていました。

そして、東京美術学校(現東京藝大) 彫金科 初代教授も後に帝室技芸員の一人として選ばれています。藝大では伝統技術の継承が基本なので、工芸学科でも金属工芸なら帯留めをつくるような彫金や鋳金、鍛金が中心です。でもその中でジュエリーをつくる流れができたのは、1984年から94年まで教授を務めた平松保城さんの影響が大きかったと思います。

岡本:その方がおられたから、日本で彫金や鍛金を使った金属ジュエリーづくりが盛んになったんですか。

森:そうですね。彼は伝統的な彫金師の家系で、そうした家柄の方がジュエリーを作るのは珍しかったと思います。ヨーロッパから入ってきた技術を日本的にアレンジしたのではなく、刀の装飾や帯留をつくる彫金の技術を応用したことは新しかったと思います。海外では今もプロフェッサー平松と呼ばれ、コンテンポラリージュエリーのシーンではとくに有名な方です。

岡本:でも理にかなってますよね。gallery deux poissonsさんで扱う作家さんやアーティストさんは、みなさんご自身で制作されますか。SIRI SIRIは私がデザインして職人さんと一緒につくる形ですが、そういうほうが多いのか……。

森:自分でつくる方のほうが多いですね。

岡本:SIRI SIRIのような形と作家としてつくる方では作風が全然違いますよね。ガラスジュエリーのパイオニアである光島和子さんもご自身でつくられますけど、うちとはまったく違う美しさを感じます。

森:焼き物にも近い偶発性を取り込んだデザインですよね。通常、貴金属のジュエリーにはあまり偶発性はないので、そこが面白さだと思います。

岡本:八木原さんにお願いする製品も、手でつくるから個体差はありますけど、ごく繊細な違いですから。あの光島さんの自由な雰囲気は作家さんならではなので、ちょっと憧れます。

森:表現方法の違いでしょうね。光島さんは、ガラスは割れたり溶けたりした瞬間が美しいとおっしゃっていたので。

岡本:そういうガラス自体の美しさでジュエリーをつくるのは最近の傾向のようですけど、なぜ日本で盛んになったのでしょう。

森:ジュエリーに必要なミリ単位の小さいコントロールを、ガラスで表現しようとする繊細さが日本人に向いているのかもしれません。

海外のジュエリーの捉え方


岡本:確かにそうですね。海外ではどうですか?

森:オランダにも吹きガラスでジュエリーをつくる方がいますが、日本のとは違ったテイストの方が多いと思います。よりアート作品に近い感じ雰囲気です。

岡本:ほぼアートピースですもんね。お店では、そういうジュエリーのファンって多いですか? 日本人は機能を重視するところがあると思うのですが。

森:ジュエリーは機能的なものではないので、いくら大きくてもいいと思いますが、欧米と比べると体格の差もあって、多少小さく着用しやすいものが日本では好まれるようです。でも、異素材でジュエリーをつくる人は、大きいものをつけてほしいと思うでしょうね。木やガラスは大きい方が迫力も出ますし。

岡本:その素材を使う理由ができますよね。特にガラスは小さすぎるとビーズになるので、素材の特徴を活かそうとすると大きいほうがやりやすいです。オランダの作家さんのジュエリーもいいと思うけど、日本で展開するなら機能性を考慮する必要がありそう。日本人はある意味ファッションコンシャスにはつけてくれますけど、重たすぎるのもね。

森:まあ、そうですね。

岡本:海外でコンテンポラリージュエリーが強い国は、オランダあたりでしょうか。

森:オランダやオーストラリア、アメリカ、各国にギャラリーや作家がいます。それぞれテイストも違うので、そこが面白い点だと思います。

例えばイタリアでは、金を使って彫刻的な感覚のジュエリーを作りますし、逆にオランダは、異素材を使ってコンセプチャルなジュエリーを作ります。

岡本:かなりファインアートに近いんですね。

森:海外のコンテンポラリーはそうですね。日本の場合は、作家ものとデザイナーズものの境界線が曖昧なのと、ファッション性を重要視するところがあると思います。

岡本:スイスにもジュエリー科のある大学はありますが、アートピースっぽい感じです。もしかしたら今おっしゃった国々も、日常とアートとしてのジュエリーはまったく違うのかもしれませんね。

森:そうですね。でも、スペインとオーストラリアは日本に近いかもしれません。

岡本:オーストラリアのコンテンポラリージュエリーってあまりイメージが湧かないのですが、どんな感じですか。

森:オーストラリアは、自然が豊かなのか、オーガニックなフォルムと、色彩のある作品を作る方が多いです。スペインも少し近いニュアンスですが、より貴金属を使った繊細なものを作られる方が多い印象です。共通する部分でいうと貴金属に彩色を施す方が多い事です。

岡本:耐久性などをあまり考えない?

森:着色してもハゲてきた時に見えるのが、貴金属の方がいいと言う感覚のようです。日本だと色を塗るなら、そもそも貴金属にする必要がないと考えるようで、そこは感覚の違いがありますね。

岡本:メッキすら躊躇します。でも、コンテンポラリージュエリーでさえ廃れていくことを許すのは西洋らしいですね。基本的に、日本では美しいものは美しいまま持っておきたい人が多いでしょう。

森:以前 海外から指輪の修理をお預かりしたのですが、使いすぎて地金がすり減っているものがありました。日本の修理では、ここまでのものは見たことがありませんでしたが、毎日ご愛用されていたのだと思います。作り手としてはそこまで気に入っていただいているのは嬉しいでしょうね。

岡本:日本だとプラチナ信仰があるし金も18金だけど、ジュエリーも工芸も、あり方ひとつとってもかなり違いますね。

アートと工芸のこれから

岡本:もう一つ、今私が興味を持っているのが、アートと工芸が近づきつつあることなんです。今後どうなると思いますか?

森:売り方がかなり変化してきていますね。今はギャラリー以外にもオークションやアートフェアでの販売が盛んになっていますが、アートフェアでは作品ジャンルとギャラリーの種類がいくつかあります。まず作品ジャンルには、ファインアートとアプライドアート(応用美術)があり、前者は絵画、後者はガラスや焼き物、器、ジュエリーなどがあります。またギャラリーには、プライマリとセカンダリがあります。プライマリは、現代の作家の作品をお互い希望価格でやりとりする所で、セカンダリはピカソやミロのように一度誰かが買ったものを扱う所。gallery deux poissonsの場合だと「アプライドアートを扱うプライマリのギャラリー」です。今後はアートフェアなどでも、アプライドアートのプライマリーギャラリーの出展が増えていくと、自分としては嬉しいです。

岡本:昔よりは盛り上がっている気がしますけどね。

森:これからさらに盛り上がるといいですね。あとジュエリーも一つのジャンルとして発展出来ればと思っています。それを実現するには、より希少で良い作品を展開し続ける事が大切だと思っています。

岡本:日本は生活美術が基本だから、歴史的にファインアートって存在しない。そう思うと、今後日本の作家さんも世界で活躍できそうですよね。

森:明治時代から日本の工芸は海外でも人気だったので、今後輸出はもっと伸びてくるかもしれないですね。それと並行して日本にも現代工芸のコレクターが増えていくとよりいいと思います。

岡本:確かに、アートとして買う、飾る、という市場は海外のほうが大きいですね。

森:日本と海外との価格差も一部では出てきています。イギリスのアートフェアでは、鍛金の銀の壷も500〜800万くらいで売られているものもあります。なぜそんなにイギリスは銀に肝要かというと、銀食器が最高級だと考える文化があるからです。銀にお金を使うことに慣れているんですね。でも、日本の最高級の食器と言うと?

岡本:木と漆ですね!

森:そういう事もあって差が出てきてしまいます。

岡本:面白い話ですね。先日LOEWEのクラフトプライズ展で、ジャン・パオロ・バベットの作品を見たんですけど、すごく価値が高いんですよね?

森:イタリアのコンテンポラリージュエリー界で最も有名な作家です。 出品された作品がいくらかは定かではないですが、おそらく1000万円以上はすると思います。

岡本:アートとしての価値があり、それを作家も認めていて、結果的にそれくらいの値段になると。イタリアにはどこか貴族文化な面がありますね。

森:そういうところはありますね。彼の作品はヤスリ目のテクスチャーが特徴なのですが、基本的には指輪などはサイズ直しには向いていません。商業的なジュエリーで考えるとサイズ直し不可というのは不思議ですが、絵画でもサイズが合わないからといって描き直す事はないと思いますので、それと同じ感覚なんだと思います。

岡本:現代ではあり得ない作家のあり方ですね。

森:でもそういう人のパトロンって、イタリアや他の国だと結構いらっしゃるようです。僕もさまざまな作家を扱っていますが、日本ではその作家作品が好きで買っていたら集まったという感覚の人が多い感じです。

岡本:なるほど。森さんからは、今後はアプライドアートで日本のデザイナーや作家が活躍できるかもしれないというお話、八木原さんからは、職人さんは工業品から工芸品をつくる土壌ができつつあるお話を、それぞれ伺うことができました。この二つが融合できれば楽しいものができそうですから、いつかSIRI SIRIで実現できたらと思います。ありがとうございました。

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3回にわたり開催されたトークショー。さまざまなゲストに登場いただき、SIRI SIRIを軸として幅広いテーマでお話いただきました。これからもSIRI SIRIでは、こうした情報発信を行っていきたいと思います。


文 木村 早苗

写真 常住 祐輝

コンテンポラリー<br>ジュエリーと日本の職人技術の未来

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