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Interview

造形は「言葉」。スイスにて原点に立ち返る、デザイナー・岡本菜穂の今

2019.03.29
造形は「言葉」。スイスにて原点に立ち返る、デザイナー・岡本菜穂の今

既成概念に縛られず、自分の美意識に忠実に生きる。連載「自由の探求者」は、そんな「自由の探求者」の思考に触れることで、既知の物事や時間の概念を軽々と超えてしまうようなイメージの力を喚起します。

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自らの美意識や感性と向き合い、探求し続けているSIRI SIRI代表・デザイナーの岡本菜穂。彼女は、SIRI SIRIをスタートして12年目の2018年、スイスへと留学することを決めました。ジュエリーブランドとして順調に歩みを進めていた矢先の留学に、多くの人が疑問を抱いたのではないかと思います。

「なぜ、このタイミングで留学を?」

「いったいスイスで何を学ぼうとしているの?」

そこで現在も留学中の岡本に、その真意と留学に込められた思いを聞きました。見えてきたのは、自らの内面、そして自分を取り巻く社会とに真摯に目を向け、さらなる変容のために行動し続ける「自由の探求者」の姿でした。

 

岡本菜穂|NAHO OKAMOTO

SIRI SIRI 代表・デザイナー。桑沢デザイン研究所スペースデザイン科卒。2006年よりジュエリーブランド「SIRI SIRI」をスタート。建築、インテリアデザインを学んだ経験を活かし、ガラスなど身のまわりにある素材を使ってジュエリーをつくっている。現在はスイスの大学院にて人と物とのコミュニケーションについて研究中。http://sirisiri.jp/

 

感性を取り戻すために

岡本が留学を決意したのは、けっして突然のことではありませんでした。

岡本:私はものづくりが好きで、自分で物をつくったり絵を描いたりしていました。その感性を生かして SIRI SIRIを立ち上げ、仕事にしていったわけですが、いつかビジネスのことを考えないで、自分のなかにある純粋な造形を深めることに集中する時間がほしいと、ずっと思っていました。

というのも、じつは昔の作品にこそファンが多かったりするんですね。たとえば切り子のバングルやピアスは、SIRI SIRIのシグネチャーアイテムになっていて、いまだに売れ続けています。おそらく(初期の作品には)自由に探求することや自由な発想がすごく表されていて、物自体がものづくりのピュアさを体現しているんだと思います。そしてSIRI SIRIのお客さんもそういうものが好きなんですね。

これはひょっとしたら、SIRI SIRIを10年やってきて失われているものがあるのかもしれない。だから、感性を取り戻すようなことをやりたかったんです。

 

ずっと抱えていた思いを実現しようと動き始めた彼女が、留学先としてスイスを選んだのは偶然でした。ヨーロッパへ留学したいと思ったものの、話せるのは英語のみ。そして、マスターのプログラムを英語で提供している大学院は限られていました。そんな現実的な理由から大学を選び、たまたま受かったのがスイスの首都・ベルンにあるベルン芸術大学大学院(Bern University of the Arts HKB)のデザイン科(Master of Design)だったというわけです。

さらに偶然は続きます。行ったこともなく、予備知識もほとんどなかったスイスでしたが、実際に暮らしてみると、その世界観は彼女の理想に非常に近いものだったのです。

岡本:スイスは公共物がきれいで、広告のあり方も美しい。たとえば銀行のポスターひとつでさえ、個人的にはものすごくクリエイティビティを感じます。「年率何パーセント」じゃなくて、ちょっとしたジョークが入っていたり、たった1枚の写真だけで表現していたり。スイスが経済的に豊かだから実現できるのだろうとは思いますが、そういうのを見ていると、デザイナーやアーティストが自分の感性を抑えずに仕事ができているのだなと感じます。

 

感性を発揮できる社会を目指して

では、大学院では具体的に何を学んでいるのでしょうか。彼女の研究テーマは「人と物のコミュニケーションについて」です。

岡本:ドラッグストアにスーパーマーケット、ファストファッション…。今は、あらゆる物が溢れていますよね。私はそういった大量消費されているものに、デザインが利用されているように感じています。

たとえば物を人だと考えてもらえれば、その人(物)たちが経済のためだけに使われているような気がしてきます。そんな物を、自分の感性を抑えてまでつくる必要はないんじゃないか。もっといえば、(日本は)デザイナーが感性を発揮できる社会じゃないんだなと思ったり。

神道の世界には、すべてのものに神様が宿っているという八百万の神の話があります。そんなふうに、日本はもともと物に対してすごく感謝する国だったはずなんです。でも、それと今の状況にはすごくギャップがあります。だから私は、現場に対して自分なりにアクションを起こしたいと思いました。もうちょっとアーティスト側に寄って感性を発揮できるような立場までいきたい。大学院では、その方法論を研究することにしたんです。

 

造形は内面を表現する手段

彼女が研究手法として選んだのは、自らの手で「彫刻」をつくることでした。彫刻をつくることがなぜ「人と物のコミュニケーション」の研究につながっていくのか。そう尋ねたとき、彼女は「彫刻を選んだのは、自分の感性を高めることが目的です」と言いました。

岡本:彫刻では、約40の感情を形にしています。元となっているのが、Dr. Gloria Willcoxがつくった感情の表です。いちばん小さいサークルは「Mad」とか「Joyful」とかの6つぐらいの大きな感情。それをもうちょっと細かく分散させたのが二段階目のサークルです。たとえば「Mad」なら、「Angry」とか「Hurt」というように、さらにいくつかのネガティブな感情に細分化される。それが36あって、さらに細分化された大きなサークルからもいくつかピックアップして、全部で40の感情を選びました。

デザインは物を介して人をポジティブな気持ちにするものです。そしてデザイナーは、何かしらの問題解決をする仕事なので、通常はポジティブな感情にしか向き合いません。自分のなかを掘り下げようというときに、普段は向き合わないネガティブな感情と向き合うというのは、すごくいいことなんじゃないかと思いました。

それから、自分のなかにあるピュアな造形を探求したいという気持ちもありました。私は五感のなかでも、視覚の感覚が強いんです。物の形、物だけじゃなくてフォントとか、そういった言葉じゃないものからも情報を読み取るんですね。それは、共感覚的なものなのかなと感じています。

言い方が難しいんですが、私にとって、自分の言葉は「形」なんです。「伝え方が形」と言えばいいのかな…。文章を書く人が自分の内面を表現するために小説や詩を書くように、私の場合は内面を表現するために、彫刻をつくったりジュエリーをつくったりしています。

それに、自分の手を動かすと物に対して愛情を持ちやすいし、感覚もすごく投影しやすくなります。素材に対する考え方やできあがるまでのプロセスなんかも、想像できるようになるんです。

 

理想を実現し、ロールモデルになる

自らの手で造形することによって物とのコミュニケーションを図っていく。しかし、目に見えるわかりやすいものを重視し、効率や合理性を求めることが当たり前の現代において、研究手法を選んだ動機が「感性を高めるため」というのは、すぐには理解しがたい感覚です。

岡本:私の研究は、たとえば”具体的な装置”をつくって大量消費社会を変えるといった実践的な研究ではありません。おそらく「アクション」なんですね。「○○運動」みたいな感じに近いと思います。

日本は特に、デザイナーのあり方として自分の感性や表現力は抑えるものだと考えられているところがあります。本来はそうじゃないと思うし、そうじゃない社会が成り立てばいいなとも思います。

だから私は、感性を生かしながら仕事が成り立つことを体現していきたい。理想を実現しているロールモデルが現れれば、ほかにも同じようなビジネスが生まれてくるかもしれないし、同じような生き方を肯定することもできる。だから私が、そのロールモデルになれたらいいなと思うんです。

 

感性を抑えることなくものづくりができる社会をつくるために。まずは自ら感性を高めることに集中し、その内面から生み出された作品が広く社会に受け入れられるということを、彼女は身をもって証明しようとしているのです。

 

スイスの自然は怖くなかった

2019年3月、新しい作品「EXCAVATION – 発掘 –」が発表されました。そこで展開された世界観は、もともとSIRI SIRIが持っている自然で凛とした佇まいを通り越し、より原初的な趣さえ感じられました。スイスは、経済的に恵まれている一方、壮大な自然をも有している国です。このタイミングで、より原初的な作品が出てきたというのは、ヨーロッパでも自然が豊かなスイスに身を置いた影響が、少なからずあるのではないかと感じました。

岡本:スイスは都会的なものと自然的なものの組み合わせが豊富にある環境です。どんな都会でもちょっと行けば自然があって、「カフェ行くよー」ぐらいの感覚でハイキングに行ける。あえて意識しなくても、そういう状況に置かれているのがスイスです。

じつは私は、自然があまり好きではありませんでした。地震や台風、土砂崩れなど、日本の自然はコントロールできないので「怖い」とずっと思っていました。でも、スイスの自然は違ったんです。山も穏やかだし、嵐もない。ちっとも脅威じゃないんですね。それがデザインと関係あるのかどうかはまだわかりませんが、自然との距離がすごく近くなっているということは感じています。

一方で、違う文化に身を置くことで日本の良さや独自性が感じられるようになった部分もあるそうです。

岡本:スイス人の性格は日本人とよく似ています。きれい好きだったり、時間をちゃんと守ったり。でも物に魂が宿っているといったアミニズム的な話、日本人がもつ神道的な価値観の話は、スイスの人にはものすごくスピリチュアルに聞こえるみたいです。

一般的に、西洋では白黒がとてもはっきりしているように感じるのですが、本来、人間ってそういうものじゃないですよね。ぼんやりしていて、グレーで、ときに良く、ときに悪くみたいなのが人間です。そういうことを体現しているのが日本の伝統的な宗教観や価値観なんだろうなと思います。そして今、そういう日本の価値観に、みんながすごく憧れています。それはやっぱり、今の時代の欲求なんだと思います。

私は自分のことをかなり合理的な人間だと思っていました。でも日本人って、そもそもがスピリチュアルなんだということが、こっちにきてわかりましたね。目に見えないものを当たり前に信じているのが日本人なんだと思います。

 

理想とする世界を体現するブランドになる

環境を変えたり、学びを深めることで見えてくる新しい世界があり、確立されるアイデンティティがある。一歩踏み出すことで世界は広がり、感性は育まれる。彼女はそれを、自らのアクションによって示しています。常に探求者たる彼女にとって、机上の空論なんてものは存在しないのかもしれません。

じつは岡本は、大学院卒業後もスイスにもSIRI SIRIの拠点を置くことを検討しています。たまたま行くことになった国で拠点までつくろうと考えるようになるなんて、縁とは本当に不思議なものだなと感じます。

岡本:スイスにきたのは偶然でした。でもじつは、子どもの頃からこういう世界観がいいなと思っていたものが、まさにスイス(の世界観)だったんだなと、感じているんです。

それはもはや、偶然を通り越した必然ではないでしょうか。このつながりが、この先どんな展開を見せるのかを期待せずにはいられません。

岡本:これまでも、自分たちにできる範囲のことでいいから、調和のとれた世界や、感性を忘れずに仕事ができるということを実現したいと思ってやってきました。SIRI SIRIが、理想とする世界をますます体現できるブランドになっていけたらいいなと思います。

 

感性を高める旅は、終わらない。

自由の探求者であり続ける彼女の探求は、

どこまでも深く、どこまでも高みを目指し、続いていくのです。

 

文  平川 友紀

写真  Hanna Büker(whereshadowsfall.com

造形は「言葉」。スイスにて原点に立ち返る、デザイナー・岡本菜穂の今

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