If you order from overseas, please contact info@sirisiri.jp before you make payment. International delivery services will probably be delayed due to the COVID-19 outbreak. If you order from overseas, please contact info@sirisiri.jp before you make payment. International delivery services will probably be delayed due to the COVID-19 outbreak.

SIRI SIRI magazine
Assemblage


SIRI SIRI ASSEMBLAGE は、 意外性を感じさせるマテリアルと伝統的な職人技術との組み合わせにより
コンテンポラリーな作品を発信するジュエリーブランド SIRI SIRI が発信するWEB MAGAZINE です。

世界が静止した日

東京という都市で、その主体はどう連続し、あるいはどう孤立しているのか。
独創的な視点によって写真作品への思考を加速させる写真家・伊丹豪が、いまという時代の軌跡を示します。

緊急自粛宣言が発出されたのは、およそ3ヶ月前になる。
その間、情報の速度も、精度も、そして世の中の状況も目まぐるしく変わった。
自分は何もできず、ただ家にいるという期間が長く続いた。
もちろん写真のことは頭の片隅どころか、ど真ん中にいつもあって、撮らなければと思うものの、外に出れない中で何もできずに焦りだけを抱えていた。
そういったなかで、現在進行系で自分が向き合っている写真を繰り返し眺め、データをつくり直すという作業が一つ、自分にとって拠り所となった。
集中して過去の写真を見ることで、自分の変遷と、今の興味に対して随分と整理がついた。
その作業の中に、少し忘れていたものの、目に留まる写真があった。
モノクロクロームに変換された写真だった。
家の中をモノクロームで撮ることから始め、写真を撮ることを日々のルーティーンに組み込むことにした。
外へ出掛けてみたものの、カメラを持って撮り歩く自分の姿は、どうしても拭えない不謹慎さがあった。
写真の本質的なものがそこに大きく横たわっている。
3.11のときも写真は撮れなかった。
現場にも行かず安全圏でただ眺めている自分、かと言って写真とは関係のないところで動くこともできない自分の情けなさに追い詰められて仙台の友人を訪ねた。
そこで目にしたものに対して、自分は写真が撮れなかった。
撮らないという選択をしたとも言えるが、あの経験は“撮れない”という経験だったと思う。
見ているはずのものを再度複製して、新たに別のものとして提示するという経験は、知っているものの確認とは、全く違う経験であるといういことだし、そこにつきまとう自己の問題は、意識下の深いところで、快/不快に結びついていると思う。
そういったわけで、モノクロームで撮ろうと思ったもののあまり外で撮ることも思うようには進まなかった。

そのタイミングでもらった今の東京を撮って欲しいという依頼は、背中を押した。
まず買い物ついでに必ず撮ることから初めて、徐々に意識も体も外に出るようになった。
近場ではあるけど、なるべく散歩をして目にしたものを記録する。
カメラを持った当初のような気分だった。
自分の生活の中で、足を運べる所、運んだ所、そして目にしたものをごちゃごちゃ解釈せずに、なるべく見たように撮るということを心がけた。
コロナ禍の東京の姿は人の数だけあるだろうし、東京だけに関わらず、各々の生活の数だけあるだろう。

我々は3.11からずっと目に見えない脅威と共存する生活が続いている。
写真は可視化されたものしか写らない、そして、その写らないものを可視化するという義務感を持って自分は写真を撮っていない。
愚直ではあるが、やはり目の前を複製し続けるということしかできないし、翻って、そのことが、何かを体感させるということに繋がるのではないか。


※ これらの写真にはモノクロ写真も付随しており、カラーとモノクロで一つの作品となります。
モノクロ写真を見る >>
https://www.instagram.com/goitami_in_da_house/

文・写真:伊丹 豪