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SIRI SIRI magazine ASSEMBLAGE


SIRI SIRI ASSEMBLAGE は、 意外性を感じさせるマテリアルと伝統的な職人技術との組み合わせにより
コンテンポラリーな作品を発信するジュエリーブランド SIRI SIRI が発信するWEB MAGAZINE です。

デザイナー岡本菜穂がインドで見たもの

デザイナー岡本菜穂がインドで見たもの

「一度訪れると人生が変わる」とも評される国、インド。日本と同じアジア圏ではあるものの、人の考え方や文化、慣習や環境は大きく異なると言われます。2019年12月、そんなインドを訪れたSIRI SIRIデザイナーの岡本菜穂。彼女はどんなものを見て、聞いて、体験したのか。そして創作にどのような力をもたらしたのか。約3週間の旅を紐解きます。

大きな“ギブ”と返ってこなくてもいい“テイク”

旅は、友人でありSIRI SIRI SHOPの設計をした、建築家の工藤桃子さんの誘いから始まります。世界に点在する現代建築を巡るという目的のもと、過去にはスイス(https://assemblage-sirisiri.jp/blog/2018/8/1)やイタリア・ミラノ、北海道や長野などを旅してきました。今回はインド北部の都市チャンディーガル。1950年代にル・コルビュジエが都市計画を手がけたことで知られ、ル・コルビュジエやピエール・ジャンヌレの建築が世界遺産として点在します。岡本自身、“人として一生に一度は行ったほうがいい場所”と長年インドへの興味はあったものの、訪れた経験はまだありませんでした。岡本「日本やスイスに比べて文化や技術、社会に幅や深さがあるので、いろいろな面で自分の器が試される国だろうと。インドへの旅を提案された時は、それを知るいい機会だと思いました。」実家の隣がインド料理店だった時期もあり、インドの文化や人々には何かと縁があった岡本。環境から言えば、ようやくとも言える訪印だったのかもしれません。そんな旅は、出発前から不思議な展開となりました。

工藤さんと出発日がずれ、岡本は行程のうちチャンディーガルとムンバイを除く2週間を一人で過ごすことに。北インドの情勢不安から一人旅の難しさを思案していた時、初めて訪れたインド料理店で店長にふとその話をしたところ、まったくの初対面にも関わらず、その場でデリー在住の奥さんの親族に宿泊や案内を頼んでくれたのだそうです。

加えて来訪予定のジャイプールやアグラ、チャンディーガルにいる知人たちにまで。インドの人々の気質はそれなりに知ってはいたものの、人づきあいの距離の近さ、ギブアンドテイクも“大きなギブと返ってこなくてもいいテイク”のスタンスを実感。日本人やスイス人とのコミュニケーションの取り方の違い、あまり焦らず考え込まない、成り行きに任せる、といった国民性を再認識したのです。岡本「もし日本の料理屋さんで外国の方が同じ不安を話したとしても、日本人だとこのスピード感や距離感で関わるのは難しいと思います。でも、インドの方々は初対面でも家族のように接してくれます。おもてなしの仕方が日本人とはまったく違うのです。」

 

インドの日常で得た言葉やもの

現地では、まちごとに3つの家庭に滞在。最初のデリーでお世話になったのは、一人旅をサポートしてもらうきっかけになった家族です。買い物をしたいという岡本の送り迎えや発送の手配、換金からチケット手配などまで心づくしのアテンドをしてくれました。突然「菜穂はまず眉毛をきれいに揃えないと」と地元の美容室に連れて行ってくれたり、インドの文化や哲学的な話をしてくれたりすることも。そして、家ではお母さん手づくりの食事やおやつ、ドリンクとともにさまざまな話をする……。おもてなしを受けながら、家族同士がつねに言葉を交わす光景に「インドでは人の近さがまだ残っている」と感じたと言います。有名な場所にも連れて行ってもらったけれど、特に心に残ったのはお父さんやお母さんたちの話、そしてインドの人々の考え方でした。


岡本「彼らは人生や哲学に関する話を普段からよくするんです。教訓のようなことをふとつぶやくこともあって。」

まちを一緒に巡っていたお母さんが、朝靄の中歌いながら歩くの人の列を見て「彼らは、人生のために歌っているのだ」と教えてくれたこともありました。目の前の光景をどう捉えるかという観点から、お母さんの思想が見てとれたわけです。具体的な回答を超えた、その人の考え方や人生観から滲み出る言葉。インドへの旅で、岡本の記憶に残っていることの一つです。

デリーでお世話になった家族のお父さん。「ターバンとシャツの色をいつも揃えているおしゃれな公務員で、とても真面目な方でした。」

哲学的な話をしてくれたお母さん。家庭では、料理やおかしはもちろんギー(南アジアで古くから作られる食用のバターオイル)や砂糖など調味料まで手づくりする料理上手。

次に訪れたまちジャイプールでは、自給自足の貧しい地方に生まれ、苦労して事業を成功させたお父さんとお母さんの家庭へ。当時と今の暮らしの違いを見せてもらうという、日本でもスイスでもできない経験をしました。曰く、お父さんが見せてくれた若い頃の写真は、日本の戦前のような印象。かつての日本にもあった時代をインドで追体験し「豊かさとは何か」と深く考えさせられたと言います。

ジャイプールの魚の養殖業を営むお父さんの家に車で向かう道中で。夜遅くに立ち寄った養殖場で、社員さんにチャイをふるまってもらう。

ジャイプールでは、日常にある手工芸を見たくて買い物にも行きました。市場の洋服屋で、サリー(インド式ドレス)のテキスタイルの色使い、ワンピース(カミーズ)・ズボン(サルワール)・ストール(ドゥパタ)がセットになったサルワール・カミーズ(インド式スーツ)の色や柄の組み合わせに触れ、「日本の感覚では思いつかない素晴らしさで本当に驚いた」と感動。ちなみにテキスタイルについては、ムンバイでも工藤さんと生地屋を訪れ、インドの人々の素材への思いやこだわりを知ることができました。

ジャイプールの市場で山のように薦められたスリッポン。ベージュと言っても微妙な違いのある色がたくさん並んでいた。

最後に訪れたまちチャンディーガルでは、お母さんからお別れの印にバングルをいただくなど、インドジュエリーの在り方にも発見があったそう。例えば、このバングルはヒンドゥー語の「バングリ(bangri)」に由来する伝統的な装飾品で、普遍性などの意味や位を表す印などさまざまな意味を持つインド文化に欠かせないもの。また着飾る文化でもあるだけに、ジュエリー全般が身近な存在です。高級な宝石も採れ、金属加工の技術もあるので、安価なものから高級なものまでが伝統工芸品として定着しているのです。

岡本「インドでは、たくさんのバングルや大きなピアスなどジュエリーの形やつけ方などに伝統的な様式があります。ひとつの型を守り、その範疇内で模様や柄を変えながらバリエーションをつくっている。いわば日本の着物のような存在だと感じました。だからなのか、デザインはクラシックなものが中心でしたね。」


経験した事象は、デザインを生み出すための土台になる

朝日を見るべきだと家族が連れてきてくれた場所で。インドは粉じんなどが多いため、その粒に反射して朝日や夕陽が美しく見える。

岡本は普段から、旅先では写真は撮ってもデザインスケッチをすることはほぼないと言います。デザインやビジュアル的な要素は予め主体的に観察し、能動的に探しに行くものだと捉えているだけに、予期しなかった人との出会いや出来事のほうがむしろ大きな刺激になるとも。じつは、デザイン的な要素をゆっくり吟味する暇がないほどまちに情報量が多く「正直受け止めきれなかった」と苦笑します。

SIRI SIRIのデザインが生み出される時は、いつも自由。具体的なテーマに縛られることもありません。逆に言えば、旅で見たものや聞いたこと、経験した事象はデザインを生み出すための土台、つまり岡本自身の内側に蓄積されていくものだと言えます。

岡本「旅を通じて得た体験や知識が具体的な形で表れることはほぼないですね。ただ、デザインの良し悪しを判断する基準となってくれることはあります。」

つまり“このデザインにはこんな背景があるからこうしよう”、“このモチーフは文化的な意味があるからその意図を汲んだものにすべきだ”といった視点、島国の日本では身につけにくい社会的かつ政治的な意識が身につけられるということ。例えば、インドらしい要素とイギリスのデザイン性が融合したように見えるテキスタイルデザインも、西洋人にはイギリスがインドを占領したことで生まれたコロニアリスティック(植民地の)な表現だと捉える感覚がある。旅から得る知識とは、スイスを拠点に活動するデザイナーとして無関係ではいられないそうした意識ともなるのです。

 

アジア人として再確認した「カオス」への思慕

チャンディーガルで見かけたツリー。お正月とクリスマスのごちゃ混ぜ感が面白くて撮影した。

旅の記憶を辿るうちに、「カオス」という興味深いキーワードも飛び出しました。最後に訪れたチャンディーガルは、前述したようにル・コルビュジエが都市計画を手がけた地域。セクター(区画)ごとにまちの機能を定め、建築とデザインで人の行動を整理しただけにインドの他の地域とは雰囲気もかなり違います。

現在はいわゆる高級リゾート地。都市計画により安全に暮らせるまちをつくるというコルビュジエの理念が残るためか、北インドにありながら比較的安全が保たれているのです。このチャンディーガルに「デザインが与える行動への影響が感じられた」と語る一方、そう実感できたのはそれまでの日々が真逆だったから、と岡本は振り返ります。

岡本「未整理の人の動きや感情が混在した場で生まれる無意識の事象、意図していないものが起こることをカオスだと捉えてきました。でも、この2週間の出来事こそカオスだと思い知らされました。」

特にスイスは、混沌とした要素はゼロといっていい国。コミュニケーションや建物や社会のあり方、まちの隅々のデザインに到るまで、すべてが整理された美しさがあります。そもそもスイスを拠点に選んだのは、幼い頃から東京の雑然とした空気感、美しさの欠片もないポスターや広告が張り巡らされる公共空間の混沌ぶりに耐えられなかったから。

岡本「スイスにいると日本もアジアの一部だと感じますが、西洋とアジアではカオスの捉え方が異なるから。スイスは一番心地いい国のはずなのに、東京のカオスがふと恋しくなる時があって。そんな感情が自分にあると思わなかったので驚きました。ただ、ある学者が著書で東京のカオスを「機能する混沌」という感じで表現していたのを見て、インドのそれとはまた違うものなのだなと。それが今回の旅でわかった気がします。」

多すぎる情報量や人、動物が入り交じるカオスぶりに耐えられず「旅の序盤でスイスに帰りたくなった」と思う経験は珍しかったと語ります。

岡本「インドの複雑すぎる社会や人々の感情に接してみて、最初はそれらを受け入れるべきか受け入れないべきか自分でもわからない状態でした。ホストの家族と過ごすうちに、徐々に『東京の混沌は恋しくてもインドの混沌を受け入れるのは難しい』と理解ができてきました。でも、当初考えていたようにインドの幅広さをどれだけ受け入れられるか、という許容量を知ることができたのはいい経験でした。」

スイスや東京の“日常生活からは得られない体験”という言葉に尽きる、とインドを評した岡本。感性の幅や器を試す機会になると訪れた旅は、なんとも忘れられない時間となりました。この強烈な経験やホスト家族と交わした対話はいつか醸成され、いつかのクリエイティビティの一端となることでしょう。


文 木村 早苗