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Interview

美術家・安野谷昌穂が森の中を歩き、見つけたこと。

2018.09.28
美術家・安野谷昌穂が森の中を歩き、見つけたこと。

連載「自由の探求者」は、既成概念に縛られず、自分の美意識に忠実に生きる「自由の探求者」の思考に触れることで、既知の物事や時間の概念を軽々と超えてしまうようなイメージの力を喚起します。

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今回の「自由の探求者」は、美術家・安野谷昌穂さん。執筆家の平川友紀が、幼い頃から森の中で遊ぶのが好きだったと話す安野谷さんと、八ヶ岳の麓にある湧水地へと足を運び、一緒に時間を過ごす中で感じた、安野谷さんの思考の言語化を試みます。

 

PROFILE

安野谷 昌穂

1991年兵庫県生まれ。 京都精華大学でデザインを、オランダのヘリット・リートフェルト・アカデミーでファインアートを学び、現在は東京に拠点を置く。 シンガポールの国宝と賞賛されるデザイナーのテセウス・チャンと独STEIDL社が手掛けたアート本「STEIDL-WERK」では安野谷の作品が一冊丸ごとフィーチャーされた。 さらにコム デ ギャルソン・シャツ(COMME des GARCONS SHIRT)の16-17AWコレクションにも作品が起用されるなど、今後の活躍が注目されている新進気鋭の美術家。

 

地表に湧き出てきた水に、誕生を見る

新緑の季節を迎えた八ヶ岳の森は、初々しい緑に覆われていた。

光を通した葉が風に揺らぎ、隙間からは木漏れ日が差し込んで、

森全体を美しく彩っている。

 

私たちは、湧水地を目指して、森の中を歩いていた。

 

大陸同士がぶつかって隆起した南アルプスと対峙するように、八ヶ岳は誕生した。

南アルプスは数億年前から数千万年前、

八ヶ岳は1万年から200万年前の地質だと言われている。

この地層を通り抜けた水が、あちこちから湧き出ているのだ。

 

彼は、腹ばいになり、川面に口をつけて湧水を飲んだ。

 

「自分の手に乗る前に飲むと、さらにおいしい気がする。

身体の流れに、川の流れが、そのままヒュウっと入ってくる感じがする。」

 

この水は、少なくとも数十年前にこの地に降った雨だ。

大地をくぐり、少しずつ濾過されて、ようやく地表に湧き出た。

数十年ぶりに空気と混ざり合った水は、生命の喜びに溢れている。

 

こうした混ざり合いが起きる場所は、

新種が誕生しやすいとも言われているらしい。

生命力溢れる生まれたての水が、今、彼の身体へと入ったわけだ。

 

循環の器としての炭素

水を濾過するのは、土中に含まれる炭素の力だ。

炭素は、構造的にさまざまな物質を受け止め、吸着する性質をもつ。

 

日本の平野部の大部分を閉める黒土は、

縄文時代から、何千年も焼畑を続けてきた結果、生まれた。

焼畑を繰り返すことで、土中には炭(炭素)が大量に含まれる。

炭素は、融点と沸点がすべての物質の中でもっとも高く、

ほかのものが燃え尽きても残るのである。

 

終わりのない物質。

つまり、すべての始まりとなる物質が、炭素だ。

 

「人の身体も、大地と一緒だ。

身体に取り入れたものが濾過されて、

いろいろなエネルギーに変わっていく。

僕だったら、そのエネルギーが最終的にクリエイションに出る。」

 

取り入れるのは、物質として存在するものだけではない。

 

「あそこにある不思議な形をした木。

めちゃくちゃかっこいい。

そういうものは、意識しなくても、

勝手にクリエイションに出てきている。

音でも視覚でも、今この瞬間も吸収していて、

メモする以前に無意識で覚えていて、自然と描いている。

僕はそれが描かれたあと、「そういうことか」と気づくんです。」

 

水であり、器である、僕

思考は地中に潜る。

もっとミクロになって、水が湧いているところから地中に入っていく。

 

「地表だけじゃなくて、地中にも同じ物語があるんじゃないかな。

個性のある鉱物や石や砂が出会って

「こんにちは」ってなって、新しい子どもが生まれるんだ。」

 

たとえば噴火して、溶岩が流れる。

表面が冷えて固まっても、

中心の溶岩は溶け続け、空洞となって熱水が溜まる。

その空洞に向かうエネルギーが結晶化し、水晶などの鉱物をつくる。

 

「地中も、星の誕生と一緒だ。

周りからエネルギーを吸収し、

マックスまで凝縮されたら

爆発が起こって、星が生まれる。

 

鉱物の誕生も、それと同じ。」

 

すべては循環している。

動き始めたエネルギーは、再び新しい生命へと変容する。

 

「ここはお椀の底みたいだ。

僕は、お椀の底の中心にいて、

おいしいスープに包まれている。

 

きっと世界はすべて、お椀になっていて、

僕らは、おいしいスープに包まれている。

 

ここは、そのお椀がギュッと小さいから、

わかりやすい。」

 

ものごとをどう見るかで世界は変わる。

炭素という器を、ミクロととるのか、マクロととるのか。

 

森の中にいると、

いつのまにかフィルターの詰まりは解消され、

回路はスムーズになる。

 

水であり、器である彼は

森という器の底に立って、宇宙の構造を感じている。

 

そして森を抜け、森とは違う空気と混ざり合い、
そこに、新しいクリエイションが表出する。

 

文 平川 友紀

写真 伊丹 豪

美術家・安野谷昌穂が森の中を歩き、見つけたこと。

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